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きらめけ!アイドル!!
STORY / CHARACTER / MUSIC / DRAMA / BGM / COMIC / NOVEL / OTHER / SPECIAL / STAFF&CAST / LINK


学校の怪談

「暑いよぉ~~……」
 それはある真夏の日の事。私、姫宮桜は非常に苦しい状況にあった。
「桜~~、暑いって言わないでぇ~~……」
 今、私は窓から一番近いソファーに寝転がって団扇で少しでも涼もうと努力している。向かい側のソファーでは夢咲若葉――若葉ちゃんが私と同じような体勢で団扇を扇いでいた。二人とも、身体中から大量の汗を流している。
「うぅ~~……あぁ~~……」
「楓ちゃん~~、大丈夫~~……?」
「うあ゛~~……」
「大丈夫じゃなさそうだね……」
 望月楓――楓ちゃんは、椅子に座って足を冷水に着けたままさっきからうーあー唸っている。さながらゾンビのようで、普段の面影がまったく無い。暑さとは、人を屍に変えてしまう力を持っていた。
「明後日までエアコンが使えないなんて最悪だよ~~……」
「しょうがないでしょ~~……この時期は業者さんが忙しいらしいし……」
 ぼやく私に、若葉ちゃんが現実を突きつける。
 そう、こんな状況になったのは全てエアコンが壊れたからだ。
 場所は私たちTwinkle Sistersが所属する事務所。駆け出しアイドルである私たちは、中々お仕事をする事が出来なくて、レッスンやオーディションの毎日。今日も三人ともお仕事が無かったけど、アイドルたる者、努力を怠るべからずとの事で、午前中は三人揃ってダンスのレッスンを受けてきた。三人でするダンスレッスンは楽しくて、今日に限っていつも以上に張り切った私たちは疲労困憊のまま事務所に行くと、そこには地獄があった。
 一言で言うと、エアコンが壊れていた。
 壊れたのがついさっきという事で、その場にいたマネージャーが修理を依頼したらしいけど、運悪くこの頃は修理やメンテナンスの依頼が多いらしくて、明後日まで待つ事になった。それまでは、事務所は蒸し風呂みたいな状態のまま。最悪だ。
「う~~……暑いよ~~……」
「桜~~……さっきからそれしか言ってない~~……」
「若葉ちゃんだって~~……」
 まぁ、こんな感じで、私たちはノックダウン寸前だった。その時、
「そんなあなた達に朗報よ」
「へ?」
 マネージャーの花咲馨さんがそう言った。
「朗報ってなんですか?」
 ソファーから起き上がった若葉ちゃんが訊いた。グッタリとしていた楓ちゃんも話しに耳を傾けている。
「実は今日、ある番組の収録があるの。本当は別の子達が出演する予定のものだったんだけど……ちょっとメンバーの一人が体調を崩しちゃったみたいで、代わりにあなた達に出てほしいの」
「それは私たち全員でのお仕事ですか!?」
 私は一も二も無く食いついた。
「え、えぇ、そうよ」
 私の勢いに、馨さんが少し引いたように後ろに下がる。けど、三人でするお仕事に心を奪われていた。何より、
「この暑さから開放されるのなら!」
「だね。この暑さはさすがに耐えられないよ」
「私も……」
 私の言葉に、若葉ちゃんと楓ちゃんが次々に賛同する。そう。この暑さに耐えるくらいなら、お仕事をした方が数倍はマシに思えた。
「そう。良かった~~……それじゃあ、さっそく出ようか」
「これから直ぐに収録ですか?」
 立ち上がりながら、私は聞いた。
「ううん。違うの。収録は夜からよ」
「じゃあ、どこに行くんですか?」
 馨さんの言葉に、若葉ちゃんが困惑した表情になる。楓ちゃんも話を聞く為に近寄って来る。そんな私達に、馨さんは、
「とりあえず、神社に行ってお祓いね」
 そう言った。
『へ?』
 声を揃えて疑問符を浮かべる。恐る恐ると、若葉ちゃんが口を開いた。
「え~~……と、収録って、もしかして――」
「今日は暑いわよね……」
 若葉ちゃんの言葉に馨さんは――
「そんな日は肝試しに決まっているわよね♪」
 晴々とした笑顔で、そう告げた。
 ………………。
 怪談。
 夏の定番として、毎年胆が冷えるようなホラー特集の番組が放送される。種類は様々で、心霊写真や心霊動画を取り扱ったものから、実際に心霊スポットに向かったり、ドラマ仕立ての番組もあったりする。今回、私たちが臨む収録というのは……、
「あの……ここ、本当に何か出そうなんですけど……」
「出そうでなかったらダメでしょう?」
「ですよねー……」
 私の不満の声を、馨さんは取り合わなかった。それにしても、本当に幽霊が出そうな建物……。
「まさか、廃校探索なんてね……」
「少し後悔してるかもしれないわ」
 若葉ちゃんと楓ちゃんも口々に言う。そう。私たちの行なう収録というのは心霊スポットを実際に回ってみるというものだった。そしてその心霊スポットというのは、廃校になった小学校。
「ここ、私の地元だけど、たしか学校でも話を聞いた覚えがある」
「そうなの?」
 若葉ちゃんが不吉な事を言う。噂になる程の場所って……。
「うん。何だったかな……校舎二階の男子トイレには首を吊った男の子の幽霊が出るとか……三年四組の教室には自己で亡くなった女の子の席に人の気配を感じるとか……まだ他にもあった気がする」
「う……」
 それだけでも気が滅入ってしまうのに、まだあるだなんて。
「こういう場所って、集まるって聞いた事あるわ」
「あの、楓ちゃん、集まるって……何が?」
「それは勿論……幽霊?」
「だよね……」
 というか、収録前にお払いをしたのが本当に怖いんだけど……本物って事だよね……。
「ま、まぁ、本当に危ないならさすがに撮影なんてしないだろうし、大丈夫よ!」
 根拠の無い事を若葉ちゃんが言うけれど、私としても、そうであってほしいと願う。
「でも、本当に不気味……」
 校舎を見て、楓ちゃんがポツリと呟く。釣られて、私も校舎を見た。
 築何十年とかの校舎はホラー映画に出てくる廃墟のように不気味で、地元の不良の仕業か、もしくは経年劣化か一階の窓ガラスは全て割れていた。見上げると校舎屋上付近にある時計は二時ちょうどで時間を止めている。それが午前なのか午後なのかは分からないけど、なんとなく不吉だった。更に上を見ると、屋上のフェンスが一部外れていて、多分、あそこから下の景色を見ると誘われるのだろう。
 ? 誘われるって、何に?
 自分で思った事ながら、意味が分からない。
 屋上からスッと視線を落とすと、校舎の四階だ。殆んどの窓は閉まっているけど、外れたフェンスの真下の窓は開いていた。そこには人影が――
「え?」
「どうしたの?」
「う、ううん! 何でもないよ!」
「?」
 突然声を出した私を、楓ちゃんが不思議そうに見る。それを誤魔化して、私はまた校舎を見上げた。四階、外れたフェンスの真下、そこには――何も無い。
「見間違い、だったのかな……」
 確かにあそこに人がいた気がするけれど……でも、収録があるんだから、不審者がいないかは事前にチェックしてるよね。だったらやっぱり見間違いだよ。
「桜ちゃん、打ち合わせだって」
 と、楓ちゃんが私に言う。
「うん。分かった」
 私は頷いて、楓ちゃんの後に続いた。校舎からは、誰の気配も感じなかった。
 ………………。
 撮影の方法は簡単だった。
 昼間のうちに各所に設置したカメラと、私たちが持つハンディカメラで撮影を行なう。私たちは校舎内を自由に探索して屋上まで行く事になってるんだけど、本当に無理だったら途中で帰ってきても大丈夫と言われた。ただ、番組の尺の都合とかあるから、なるべく頑張ってほしいと。
「それ、最後まで行けって事だよね」
 若葉ちゃんが呟いたが、決まってしまったものはしょうがない。私たちは冒頭の挨拶をこなし、いよいよ校舎に突入する。
「じゃ、じゃあ、行くよ?」
「うん」
「ええ」
 私がカメラを持って、後ろに若葉ちゃんと楓ちゃんがついてくる。なんで私が先頭かと言うと、後ろに誰もいないのが心細いから。だって――、
 パキッ
「ひっ!?」
「桜、落ち着いてっ。木片だからっ」
「う、うん……大丈夫……」
 外から見ても荒れてる建物だと思ってたけど、中は予想以上に荒れていた。地元の不良とかの所為か、あちらこちらの物が壊されていて、廊下には木片やガラス片が散らばっている。当たり前のように電気は通ってなくて、懐中電灯はあるけど不意に聞こえる私たちの足音に敏感になってしまう。
 校舎の内観は特に変わったところは無くて、玄関には靴箱、廊下へ繋がっていて、左右にはいくつもの教室がある。一階だから基本的には一年生の教室と、後は職員室や保健室みたいなのが殆んどだ。
「保健室は……私、あまり行きたくないかも……」
 楓ちゃんが小さな声でそう言った。私も若葉ちゃんも、その意見には賛成だ。スタッフさんたちには悪いけれど、保健室は通り過ぎた。
 一階には特に何も無くて、私たちは校舎一番奥の階段から二階に上る。最初に見えたのは図書室だった。
 図書室を舞台にした怪談は私は聞いた事無いけれど、もしかしたら何かあるかもしれない。しかし分からないからここはあまり怖くなかった。けれど、直ぐ外にはスタッフさんが何人もいるとは言ってもやっぱり夜の校舎は怖い。
「そういえば、さっきスタッフさんから話を聞いたの」
 不意に、楓ちゃんがそんな事を言い出した。
「話って?」
「この小学校が廃校になった理由よ。聞きたいかしら?」
「廃校になった理由って、普通に生徒数が少なくなったとかじゃないの?」
 私も若葉ちゃんの答えが正しいと思った。建て替えでもない限り校舎が丸ごと捨てられるだなんて無いだろうし、それにしては校舎は放置されている。だったらやっぱり、若葉ちゃんの言う通りだと思った。でも――、
「ううん。表向きは学校同士の統廃合だけど、本当の理由は違うの」
「違うって、楓ちゃんは誰からその話を聞いたの?」
「スタッフさんの中にオカルトが好きな人がいて、その人が言ってたの」
 コツコツと、シンとした空間に私たちの足音と、楓ちゃんの声が響く。
「この小学校が廃校となったのは今から七年前。その一つ前の年、学校では深刻なイジメが行われていたらしいの」
「イジメ……」
「イジメられていたのは、小学四年生の女の子。イジメに参加していたのはそのクラスメイトほぼ全員」
「全員って……どうして……」
「切っ掛けは些細な事だったみたい。イジメを受けていた女の子は元々身体が弱かったらしくて、ある日、授業中に嘔吐してしまったらしいの」
 そこまで聞くと、私にも先の展開が分かってしまった。
「嫌な話……」
 若葉ちゃんが心底嫌そうに呟く。たしかに、若葉ちゃんみたいな性格の人からしたら、絶対に許せないような事に違いない。
「そのくらいの年の子供って、他の人と違うところがあると直ぐにからかったり、馬鹿にしたりするから、その女の子もターゲットにされたみたい。私が聞いただけでも、机の上に落書きをされるみたいなちょっとした事から、酷いあだ名を付けられて他のクラスにまで話を広められる。クラスメイトの女子からは、ドブ水を飲まされそうになったとか」
「………………」
 女の子の境遇を考えてしまうと、何も言えなくなってしまった。
「イジメは二ヶ月くらい続いて、女の子はずっと耐えていたけど、ついに限界が来て――」
 ――自殺したの。
「方法は飛び降り。校舎四階の女子トイレの窓から飛び降りて、女の子は即死。学校はイジメがあったと追求された」
「……どうにもならないのは分かってるけど、なんとかしてあげれたらと思ってしまうわね」
 若葉ちゃんがそう言った。
「……それが原因で廃校に?」
 女子生徒の自殺。陰湿なイジメ。さらには元々人数も少なかったみたいだし、原因になったのは十分に考えられる。私はそう思った。でも――、
「ううん。それも違うわ」
 楓ちゃんは否定する。
「違うって……どういう事?」
「話はまだ終わらないの」
 楓ちゃんの言葉を聞いた私は、背筋が冷えるのを感じた。何となく、聞いてはいけないような、そんな気がして。
「女の子が亡くなってから一週間後。女の子をイジメていたクラスメイトのリーダーだった女子生徒が交通事故にあって亡くなったの」
「っ……!」
 不幸な事故……とは思えず、自業自得な気もした。
「そういう事ってあるんだね。天罰、みたいな」
 若葉ちゃんの意見に私もそう思った。
「天罰……そうね。天罰なら、まだ良かったかも」
「え?」
 まだ良かった?
「それから更に三日後、今度は女の子の隣の席だった男子。女の子がイジメられる切っ掛けを作った子が自殺した」
「へ?」
「屋上から飛び降りたの。何故かフェンスの一部が壊れていて、そこから……おかしいのは、その少し前に屋上のフェンスは点検が行なわれていて、その時は何の問題も無かったって事」
「ちょっと――」
 待ってよ。と若葉ちゃんが呟いた。私は冷や汗が流れるのを感じた。
「そこからだった。次々に生徒が死んでいくの。原因は色々だけど、最終的に二十人。それがたった一ヶ月の間に起こって、その半分以上が自殺」
「………………」
「他にも、生徒の大半がある証言をしていたらしいの」
「ある証言?」
「授業中、校内を誰かが走る音が聞こえた、とか。誰もいないトイレから女の子の声がしたとか。とても偶然とは思えないような噂がいくつもあったって」
 話が進むにつれて、建物内の気温がグッと下がったような気がした。寒気がして、私は腕を擦る。
「そして、それらが全て亡くなった女の子の祟りだと言われて、あまりの死者の多さに、学校を閉鎖せざるをえなくなった。校舎も、直ぐに取り壊そうとしたけれど、工事に関わった人が次々に怪我をして、結局取り壊されること無く放置されているみたい」
「嘘、だよね? さすがにそんな……」
 出来れば嘘であってほしいと、私はそう言った。
「さあ。嘘か本当かは分からないわ。でも――」
 ふと、楓ちゃんが上を見上げる。視線を追った私は、ある教室のプレートが見えた。
 4-2と書かれているのはつまり、四年二組という事。
「ここが、その女の子の所属していた教室みたい」
「え……」
 いつの間にか、私たちはそこまで来てしまっていた。
「覗いてみる?」
 楓ちゃんの言葉に、私と若葉ちゃんは顔を見合わせる。凄く凄く悩んで、ゆっくりと頷いていた。
「じゃあ……開けるよ?」
 私は確認して、扉に手を掛ける。ゴクリと唾を呑み込んで、扉を開けた。
 ギギギッ……と擦れる音がして、扉が開いていく。開いた扉から中を覗き込むと、そこは他の場所と同じボロボロの教室だった。机は薙ぎ倒され、黒板には大きな傷が入っている。蛍光灯は外れてぶら下がっていて、窓ガラスは割られている。そんな光景の中、一つだけ、黒板正面の机だけがポツンと立っていた。
「あの席……」
 席の上には、倒れたガラスの花瓶に入ったボロボロの細い何かがあった。多分、それは花だったのではないか。きっと、長い年月の間にその姿も変わり果ててしまったに違いない。
「なんか、この教室嫌な雰囲気がする……」
 若葉ちゃんが珍しく怯えたような声をあげる。
「女の子の席は、一番前の席だって聞いたわ」
「という事は……」
 楓ちゃんの言う事が本当なら、あの席が女の子席なんだろう。そう思ってまた唾を呑み込んだその時、
「あ、あれ? 急に暗く――」
 フッ、と教室が暗くなる。窓から差し込んでいた光が無くなっている……月が雲に隠れたんだ。
「なんだ、ビックリさせないでよ」
 同じく驚いていたらしい若葉ちゃんがそう言った。でも、現象はまだ終わらない。
 カリカリカリ……
「え?」
 どこからか、何かを引っ掻くような音がする。若葉ちゃんと楓ちゃんが懐中電灯で辺りを照らすけど映っているものは何も無くて――
 ガシャン!
「キャッ!?」
 突然、風も無いのに何かが倒れた。音からして、花瓶?
「何!?」
 すぐさま若葉ちゃんが机の方を照らす。床には落ちて砕けた花瓶。でもやっぱり誰もいない。
「もしかして、女の子の幽霊の仕業?」
「そ、そんなっ……ひっ!?」
 一歩後ろに下がった私の足首に、ふさふさの何かが触れた。でも振り向いても何も無い。そこがもう限界だった。
「いっ……いやぁああああああああああああ!!」
「桜ちゃん!?」
「桜!?」
 私は一目散に逃げていた。どこをどう進んだのか分からなくて、とにかく誰も来ない所に行きたかった。でも、私の中に残った芸能人としてのプロ根性みたいなものが、最悪の結果を招く。
 私は校舎の外に出る事はせず、どこかのトイレに入って、一番奥の個室に逃げ込んでいた。全ての個室のドアが開いていたけど、そこが一番安全だと思ったからだ。しかし扉を閉めて、鍵を掛けようとしたら、鍵が壊れていた。
「あっ!」
 叫んだ時には遅くて、校舎は異様な静けさに包まれていた。
「………………」
 若葉ちゃんや楓ちゃんもどこかにいる筈なのに、シーンと静まり返っていて、何の音も聞こえない。ジリジリと時間が過ぎていって、不意に、ジッとしたまま動けないでいる私の耳に、
 コンコン。
 という音が聞こえた。
「っ……!」
 私が入っているのは一番奥のトイレ。聞こえた音は入り口の方だった気がするから、多分手前のトイレだ。
 しばらくシーンと沈黙が続いてまた、
 コンコン。
 と音がした。しかも、今度は少し近くから。
「っっ……!?」
 声をあげそうになった口を必死で押さえる。気づかれたらダメ。そんな気がした。
 コンコン。
 また、ノックの音がした。段々近づいているのは多分、別の個室のドアを叩いているから。
 このトイレの個室は全部で四つ。今、三回ノックされたから、次は私が隠れている個室に違いない。
「若葉ちゃんっ、楓ちゃんっ……!!」
 小さく、口の中だけで二人の名前を呼ぶ。でも、二人がやってくるなんて事は無くて、
 コンコン、と私のいる個室のドアがノックされた。
「ひっ……!?」
 小さく悲鳴をあげた私は、ガタガタと身体を震わせながら、扉を見つめる。さっきまでと同じように沈黙。もしかして、何も無いのかと安堵しかけた頃、
 キィ……と軋んだ音を立てて扉がゆっくりと開いていく。
「あ、あっ……!」
 個室の扉は壊れていて、侵入者を遮る物は何も無い。ただ震えながらその時を待つしかない。
 そして、扉の隙間から浮き上がった顔にある二つの目が私を覗いて、
「きゃあぁああぁぁぁああああああ!!」
 ガシャン!
「きゃっ!」
 堪らず悲鳴をあげ、カメラを落としてしゃがみ込んでしまった私の耳に、小さな悲鳴が聞こえた。
「え?」
 予想外に、聞き覚えのあるその声に顔を上げると、
「ビックリしたぁ……」
「桜、いきなり叫ばないでよ!」
「楓ちゃん、若葉ちゃん……?」
 扉の外にいたのは、驚いた顔をして固まったまま私を懐中電灯で照らす楓ちゃんと、片耳を押さえた若葉ちゃんだった。
「お……驚かさないでよー!」
 恐怖から解放されて、安堵した私は、二人に叫んでいた。
「だから、叫ばないで! それに驚いたのはこっちだから!」
「桜ちゃん、急に走って行っちゃうんだもの。探すの大変だったんだから」
「うぅ~~……それはそうだけど~~……この学校何かいるんだもん」
 今のは若葉ちゃんたちだったけど、さっきの教室では明らかに私たち以外の何かがいた。怯える私は、キョロキョロと辺りを見回す。
 そんな私を二人はキョトンとした顔で見つめて、二人して顔を見合わせる。
「もしかしてそれって、この子の事?」
「へ?」
 若葉ちゃんが私の目の前にあるものを突き出す。
「にゃあ~~」
「ね、猫?」
 それは、可愛らしく鳴き声をあげる猫だった。意味が分からなくて、首を傾げる。
「桜ちゃんが走って逃げた後、教室でこの子を見つけたの。多分、花瓶を落としたのはこの子じゃないかしら」
 楓ちゃんの説明に、私の中でカチリとパズルのピースがハマる音がした。
「あ……ああああああ!」
 そういえば教室で花瓶が床に落ちた時、私の足に何かフサフサしたものが触れた。あれが多分この猫だったに違いない。
「に、逃げ損……」
 ついでに言うと怯え損。
「桜はもうちょっと落ち着くって事を覚えないと」
「言い訳のしようもありません……」
「ほら、桜ちゃん、カメラもちゃんと持って」
「あ、うん。ありがとう」
 楓ちゃんが落ちていたカメラを拾ってくれる。
「カメラ壊れてないかな……」
「大丈夫じゃない? 一応、まだ録画されてるみたいだし」
「良かった~~……」
 私は大きく溜め息を吐いた。
「さて。幽霊の正体も見たし、探索を続けようか」
「そうね。この際、屋上までちゃんと行きましょう」
 若葉ちゃんと楓ちゃんが立て続けにそう言って、
「そうだね。頑張ろうか」
 まだ少し足が震えるけど、私は頷いていた。
「にゃあ~~」
 ………………。
 その後の探索は、特に問題なく終わりを迎えた。
 トイレを出た私たちは一応各教室を回って、屋上まで行った。最初は怖がっていた保健室も、その頃にはスッカリここの雰囲気に慣れてしまって、最後にはちゃんと撮影出来た。
 時々隙間風に驚いたりしたけど、怪奇現象は特に起こらなかったし、正直少しだけ拍子抜け。
 今は撮ってきた映像の確認中で、私は二人に愚痴っていた。
「それにしても、トイレの時は二人とも酷いよ!」
「酷いよって、私たち何かしたっけ?」
「したよ! 物凄く怖かったんだからね!」
「あの、桜ちゃん、よく分からないんだけど、具体的には何が怖かったの?」
「ノックだよ、ノック! 先に声掛けてくれたら良かったのに!」
「「ノック?」」
 私の言葉に、さっきと同じように二人は顔を見合わせる。
「桜ちゃん、私たちノックはしてないけど?」
「え?」
 楓ちゃんの言っている意味が分からなかった。
 ノックを……していない?
「え、え? でもでも、確かに個室を一部屋ずつノックする音が――」
「だから、私たちはノックなんてしてないの。桜がいた個室は扉が閉まってたから直ぐに分かったから」
「あ……」
 そうだ。そういえば、個室は全部扉は開いてた。私は怖くて扉を閉めたから、一々ノックで確かめる必要なんて無いんだ。
「え、でも、待って……じゃあ、誰がノックをしてたの?」
「それは……」
 若葉ちゃんが何の事か分からないという顔をする。誰か、いないとおかしいんだ。開いていた個室の扉を、わざわざノックしていた誰かが。
 ゾワゾワと、産毛が逆立つのが分かった。あの時、トイレで一人籠もっていた時と同じように身体が震える。
「みんなー! ちょっといい?」
「――あ、ハイ! 何ですか?」
 と、私たちは馨さんに呼ばれた。今の話を忘れる為にも、私たちは馨さんのもとに急ぐ。
「ちょっと見てほしいところがあって――」
 そう言って、私たちはカメラの映像を確認している場所まで連れて行かれる。
「これを見て」
 馨さんに言われて見せられた画面には、トイレの入り口の映像が延々と流れている。
「これは?」
「いいから、見てて」
 有無を言わさぬ口調で言われて、私たちは画面を見つめる。一分くらい経った頃、
「あ、私だ」
 トイレに向かって走る私の姿が映る。勿論、四年二組の教室からトイレに逃げ込んだ時の姿だ。それからまた少しして、
「楓ちゃんと、若葉ちゃん……」
 猫を連れた楓ちゃんと若葉ちゃんがトイレに入っていく。そして、私と一緒に出てきた。
「あの、これがどうかしたんですか?」
 若葉ちゃんが馨さんに質問する。
「これはトイレ前に設置していたカメラの映像よ。桜ちゃん」
「はい?」
「桜ちゃんはトイレの中で誰かが扉をノックしたって言ってたわよね」
「そうですけど……」
「でも、若葉ちゃんと楓ちゃんはノックをしていない」
「ええ」
「じゃあ、次にこれを見て」
 今度は別の映像が画面に映る。それは私の持っていたハンディカメラのものだった。映像が激しくブレているから、多分トイレへと逃げている途中のものに違いない。
 映像は廊下からトイレに移る。個室の一つ一つが映されて、一番奥の個室に入っていく。ドアの鍵を私が閉めようとしているけど、鍵が壊れていて閉まらない事に気づいて叫ぶ。
 激しく手振れしている映像。それくらい、この時の私は震えていたんだろう。
「猫相手にこんなに怯えるとは……」
「ふふっ、でも桜ちゃん少し可愛いわ」
 若葉ちゃんが呆れたように言う。でも、怖かったの!
「ちょっと静かにして。ここ。次のところをしっかり見て」
 少し強い口調で馨さんが言うから、私たちは画面を見る。しかし、
「あれ、ノイズ?」
 画面にはノイズが走って、映像が安定しない。
「桜が落としたから壊れたんじゃない?」
「そ、そんな筈無いよ! さっきは普通に動いてたし!」
 若葉ちゃんの言葉に、私は強く反論する。と、
「ちょっと待って」
 楓ちゃんがそれを遮る。
「何か、聞こえない?」
 そう言われて、私たちは黙って耳を澄ませる。すると、
 コンコン。
「これ……ノックの音?」
 そう。それは確かに私がトイレで聞いたノックだった。
「え……でも私たちはノックなんてしてないし、それに、他には誰も……」
 若葉ちゃんが息を呑んで画面を見る。そうしている間にも映像は流れ続けて、とうとう私のいる個室のドアがノックされた。
「「「………………」」」
 誰もが無言になり映像を食い入るように見つめている。そしてゆっくりとドアが開き――
『きゃあぁああぁぁぁああああああ!!』
 ガシャン!
「「「!!」」」
 私の叫び声と同時に画面が回転し、誰かの足元が映される。
「び、びっくりした……」
 若葉ちゃんが心臓の辺りを抑えて言う。
 今のは私を追いかけてきた楓ちゃんと若葉ちゃんに、私が気づかずに悲鳴をあげてしまった瞬間の映像だ。
「この時の桜ちゃん、凄く驚いてましたね」
「う、うん」
 画面の中では私たちの会話が続いて、不意に映像が動いて私の顔が映る。楓ちゃんがカメラを拾ったんだ。
 そして映像はこの後の学校探索へと繋がる。
「さっきのノックって、いったい何だったの?」
 若葉ちゃんが気味悪そうに映像を見る。それは私が知りたいくらいだ。
「三人とも見逃してたみたいね」
「え?」
 馨さんの言葉に、私たちは頭に「?」を浮かべる。
「見逃していたって、何の事ですか?」
「いい? 巻き戻すわよ」
 馨さんは映像を巻き戻す。そして、ノック、私の悲鳴、カメラが床に落ちた。そこで映像を停止させる。
「ここ。よく見て」
「ここって……桜ちゃんの足ですか?」
 画面に映っているのは私の足だ。何もおかしなところなんて無い。
「そこじゃなくて、画面の奥。桜ちゃんの足の、直ぐ後ろ」
 言われたまま、視線を動かす。そこには――
「ひっ!」
 若葉ちゃんが悲鳴をあげて後退する。楓ちゃんは絶句して、私も声をあげる事も出来なかった。
 トイレの個室の床、そこに立つ私の足の直ぐ後ろに、赤い上履きを履いた足が映っていた。
 そして馨さんがビデオを再生させ、画面が再び動き私の顔が映る。その背後、肩の辺りに落ち窪んだ瞳の女の子がこちらを見ていた。勿論、私たちの他に、そこには誰もいなかったにも関わらず。
「い……」
「多分これ、本物だと思うの」
「いやぁああああああああああああああああああ!!!」
 私は悲鳴をあげていた。

 その後、私は再び御祓いをしてもらった。結局何も無かったけど、あの映像が本物だったのか、錯覚だったのか、誰にも分からない。ただ、私は忘れない。
 あの日、収録が始まる前に校舎の窓からこちらを見ていた人影を。


スタッフ
  小説:にいがき
イラスト:花沢 里穂


公開日
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登場キャラクター
花咲 馨(はなさき かおる)



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