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きらめけ!アイドル!!
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自分らしく

「はい、今日のダンスレッスンはここまで。 皆、今日もお疲れ様!」
やや厚化粧なレッスン指導者が手を叩き、今日のレッスンの終わりを告げる。

空がオレンジ色に染まる夕方五時、Twinkle Sistersのダンスレッスンは終わった。
汗だくになった三人はレッスン担当の指導者にお礼を言うと、建物内にあるシャワー室へと向かった。
ダンスレッスンをする際に利用している建物内にあるシャワー室は、個室にシャワーがいくつも設置されているだけの簡単な作りをしている。
隣のシャワーと自分のシャワーの間に薄い壁が取り付けられているだけで、海に設置されているシャワー室に似ているかもしれない。
「はぁ~今日のレッスンも疲れたねぇ…体のいろんなトコが痛いよ~~!!」
「えぇ…でも、トップアイドルになるためにこれからも頑張っていかなくちゃ」
「そうだね、トップアイドルはこういう厳しいレッスンを頑張ってトップアイドルになってるんだもんね! 私たちも負けてられないよ!」
若葉は鼻息を荒くして、両手をギュッと握り締めた。若葉も、楓も、桜も、トップアイドルになるためにいつでも全力だ。どんなに厳しいレッスンだって、三人で乗り越えられる。
「うひゃあ~~~!!!? めっ、目にシャンプーはいっちゃったぁ~~~~!!!!」
「なっ、桜ってばシャンプー持ってきてるの!?」
「あっ桜ちゃん!目にシャンプーがはいったときはこすっちゃだめ!」
「うううぅうぅぅ…でも、目が…目がぁ…!!!」
「なんか、某アニメの大佐みたいになってるよ…桜…!!」
なんとか目をこすらずにいる桜に駆け寄り、目を洗い流してやる若葉。こうして見ていると、若葉が桜の姉の様だった。
笑いながら二人を見ていた楓だったが、急に耳鳴りがして顔をしかめる。
(…み、耳鳴り? どうしたんだろ、私…)
キーン…と、不快な音がしばらく続く。すぐに止むだろうとあまり気にしないようにしたが、耳鳴りに続いて鈍い頭痛まで起こった。

瞬間、楓の意識が不意に途切れた。

「…んうー、やっと目を開けられるよー…って、楓ちゃん!!?」
「ちょ、楓!!? どっ、どうしたの!!?」
意識が途切れた楓はシャワー室の床に倒れこんでしまい、ぐったりと力なく横たわっていた。そんな楓を見て、二人は慌てて駆け寄った。
「楓、楓!! 大丈夫!?返事してよ!!!」
「楓ちゃん!!!楓ちゃん!!!!」
「ん……二人、とも…」
「楓!!!」
小さく口を開き、交互に二人を見つめる楓。顔は真っ青で、体が小さく震えている。
「ちょっと、気分が優れないの…レッスン、はりきりすぎちゃったからかしら」
ゆっくりと言葉を紡ぐ姿も弱々しく、すぐに病室へ連れて行かなくてはと二人は判断した。一体、楓はどうしてしまったのだろうか。
楓にあまり負担をかけないように、慎重に起こしてやる。大分意識がはっきりしてきたようで、楓は小さく「ごめんなさい」と呟いた。
「もう、大丈夫だから。 二人とも、本当にごめんなさい…私、先に出ているから」
フラフラとした足取りで出入り口に向かうが、若葉も桜も楓を放っておくことなんてできるはずがなかった。急いで楓の後を追う。
「楓ちゃんのことを放っておいて、気持ちよくシャワー浴びれるわけないじゃない! ね、私と若葉ちゃんもついて行くから一緒に病室に行こう?」
「そうだよ、楓の身になにかあったら大変だもん。 一人じゃなくて、三人で行こう」
「桜ちゃん、楓ちゃん……」
二人の優しさに、思わず目が潤んでしまう。グッと気持ちを強く持って、楓ははっきりと頷いた。

「ふむ…まぁ、簡単に言うと、無理のしすぎね」
「無理の…しすぎ?」
フラフラする楓を桜・若葉がしっかりと支えながら病室へ行き、担当の先生に診てもらうと、無理のしすぎだと言われた。
「あなた、自分にしっかり合うスケジュールでレッスンをしてる?ちゃんと十分な休憩をとってる??」
「あ、えっと…ちゃんと休憩もしていますし、自分に合ったスケジュールでレッスンをしていると思うのですが…」
「ふぅん? まぁ、こういうのって自分では自覚できないモノなのよね。 単刀直入に言うわ、しばらくの間、あなたはレッスンしないで休んでいなさい」
「え…えぇっ!!!?」
まだ体調が優れない楓だが、思わず座っていたイスから勢いよく立ち上がって大声を上げてしまう。隣で楓を見守っていた桜と若葉も、思わず目を見開いて驚く。
「ちょ、ちょっと先生…レッスンをしちゃいけないって…なんでですか?」
「今言ったばかりでしょう? 楓ちゃんは自覚をしていないだけで、かなり無理をしているの」
「だから先生、私は無理なんて…してません!」
「嘘はだめよ、急に意識が途切れて倒れてもおかしくない状態よ、あなた。 むしろ、倒れたからここに来たのかしら?」
先生にピシャリと図星を指され、楓は思わず押し黙ってしまう。眉を下げながら、桜は楓と先生を見る。
「たしかに…今の楓ちゃんには休みが必要だと思うけど……三人じゃないと出来ないレッスンだってあるし…」
「なによりも、楓自身がそんなこと嫌だと思うよ。 誰よりもレッスンに真剣なのは、他ならない楓だもん」
「………」
膝の上で強く握った自身の拳を見つめる楓。先程倒れたときよりも、更に顔色が悪くなっているようだ。
先生は大きく溜息をつくと、手に持った大き目のノートを広げてスラスラとなにかを書き始めた。
「このことは私からマネージャーに伝えておくわ。 観念して、ゆっくり休みなさいな」
「だから先生、私は…私だけは…」
「なぁに?」
握った拳を震わせ、楓は力いっぱい声を振り絞った。
「私だけは、絶対にレッスンを休んじゃいけないんです!!」
「何度も言わせないでちょうだい、ダメったらダメ!」
「先生!!!」
普段は落ち着いた楓が見せる感情的な一面を見て、桜も若葉も言葉を失っていた。ただ、楓と先生が言い争うのを見ていることしかできなかった。
「お願いですから、レッスンを休めだなんて言わないでください!!それじゃあ私…私は…!!」
「大事なアイドルが無理してること知って、黙って見過ごせるわけないじゃない! 自分勝手言わないで、素直に休みなさい!!」
「…先生は、なにもわかってくれないんですね!!!」
そう言うと、楓は走って病室から出て行ってしまった。先生が大声で戻るよう叫ぶが、一度も振り返らずにどこかへ行ってしまった。
「楓ちゃん!!」
「もうっ、倒れたばっかりなんだから今は安静にしてなくちゃいけないのに!!」
「…ごめんなさい、つい熱くなってしまって…」
先生は先程怒鳴っていたときとは違い、弱々しく頼りない表情をしていた。今にもか細く開いた目から涙が溢れ出しそうだ。
「あなたたちは楓ちゃんの仲間…Twinkle Sistersのコよね?」
「はい。 私が桜、この子は若葉ちゃん」
「えぇ、知っているわ。 本当に、本当にごめんなさい…大切な仲間を怒らせるようなこと言っちゃって」
先生は先程、机の上で広げたノートを数ページめくると、そこにはさんであった一枚の写真を取り出した。
「このコ…私の息子なんだけどね。 楓ちゃんと同じで、体がとっても弱い子なの」
「え、先生の息子さん?」
「そう…楓ちゃんを見ていると、どうしても息子を思い出してね。 つい、本人の気持ちも考えずに熱くなっちゃった」
先生は一度そこで言葉を切ると、大きく息を吐き出して話を続けた。
「私の息子はね、二年前に亡くなったの」
「え、えぇ!!?」
「な…どうして、ですか?」
「自分で自覚せず無理をして…ある日、急に。 自宅で倒れている息子を見たときは、目を疑ったわ…なにがなんだか、わからなかった」
先生は当時を思い出したのか、頬に一筋の涙を流していた。慌てて白衣の裾で拭うが、洪水の様に次々と涙が溢れてくる。
「ごめんなさい…ちょっと、思い出してしまって…いけないわね」
「先生…無理しないでください、辛いことだったんでしょう?」
「そうね…」
しばらく先生は鼻をすすっていたが、大分落ち着いてきたのかひとつ咳払いをして桜と若葉を見た。
「私はね、楓ちゃんに息子と同じ道を歩んでほしくないの。 彼女がどれだけトップアイドルを目指していても…死んでしまったらそこで終わりなのよ、なにもかも」
「そうですね、わかってます………桜」
「ん?」
若葉が桜へと向き直り、微笑みかける。桜ははじめ、若葉がなにを伝えたいのか理解できなかったがすぐに伝えたいことを理解した。
「そうだね、こうしちゃいられないよ!! 楓ちゃんを探しに行かないと!!」
思いつめて病室を出て行ってしまった楓がどこに行ったのか、桜と若葉にだったら検討がつく。だって、Twinkle Sistersだから。かけがえのない仲間だから。
「先生ごめんなさい! 私たち、楓ちゃんを探しに行かないと!!」
「また倒れてたりしたら大変だから、ちょっとこの辺りで一度失礼しますっ」
「そう、そうね…ごめんなさい、私が原因なのだけれど…お願い、できるかしら?」
「もちろん!!」
「仲間ですから!!」
自信満々に答える二人を見て、先生は優しく微笑む。二人の手をそっと握り、頭を小さく下げる。
「楓ちゃんのこと、宜しくね。 必ず…連れて帰ってきてちょうだい」
「はい!!」

楓は今日、三人でレッスンを受けたホールに居た。レッスンを受けたときは人が何人も居たため騒がしかったが、今は楓ひとりしか居ないので静かだった。どこか、寂しさも感じる。
心もとない足取りで横長の鏡の前に立ち、ゆっくりと踊りだす。
鏡には自分の姿しか映ってないが、桜と若葉の姿を自分に重ねる。今日のレッスンでも踊った曲をラジカセから流し、踊り始める。
(なんで私は、こんなに弱いんだろう)
レッスンをいつも三人で受けているため、桜や若葉がどんな風に踊るのか楓は知っていた。しかし、自分は二人の様に踊ることができない。
所々でミスをするも、見ている人を元気に出来るような踊りをする桜。
力強くパワフルな、ミスをほとんどしない完璧な踊りをする若葉。
体力が持たずにミスばかり、弱々しくて気持ちが伝わる踊りができない自分。
(なんで私は…こんなに……こんなに、だめなんだろう)
自分は桜と若葉の背中を見ながらしか歩いていけないのだろうか、二人と並んで一緒に歩くことはできないのだろうか。
そもそも私に、トップアイドルを目指す資格があるのだろうか?
幼い頃、テレビで見たキラキラ輝くアイドル。どのアイドルもいつも笑顔で、踊りも歌も上手くて自分に元気をくれた。
私はそんなアイドルのように、人に元気を与えられているのだろうか?
レッスンでも体力が持たず、いつも途中で粗が目立ってきてしまう。桜と若葉の足を引っ張っているだけの自分。
こんな自分が、人に元気を与えられるわけがなかった。桜や若葉のように、踊れるわけがなかった。
「うっ…ううぅっ…それでも、私は……!!」
涙を流しながら楓は鏡の中の自分を見て踊り続けた。ポロポロと涙が頬から伝い落ち、床に落ちる。
「絶対に、トップアイドルになるの…桜ちゃんと、若葉ちゃんと一緒に…!! これ以上、二人から離れたくないの…!!!」
曲のラストサビが流れる、楓は今まで受けたどのレッスン時よりも力強く、正確に踊り続ける。持っている自分の力をフルに使いながら。

そんな楓を、桜と若葉はドアの隙間から見ていた。
「ねぇ、若葉ちゃん…」
「シッ、曲が終わるまで待って」
「でもさぁ、楓ちゃんが無理したら…先生が言ってた息子さんみたいに…」
「大丈夫だって」
若葉は迷いのない、自信に満ちた瞳で楓の踊りを見続けていた。桜は不安が残りつつも、若葉の言葉を信じて共に楓を見守る。

楓は、自分の持つ力を最大に使って「自分らしく」踊りを続けた。
桜や若葉のように踊れないから、せめて自分らしく踊ってみせた。

すると、自然と力が湧いてきた。

「…っ、はぁ…はぁ…!!」
楓は見事、最後まで踊り切ることができた。シャワーを浴びたばかりだというのに、全身汗まみれになっている。
体調はお世辞にも良いとは言えない、けど最高の気分だった。
鏡に映る自分は、目元を赤くして正直酷い顔をしていた。髪の毛もグシャグシャで、キマらない。
アイドルとしてみっともない姿だけど、先程倒れたのが嘘のように最高の気分だった。
「踊ることって、こんなに楽しいことだったんだ…」
肩で息をしながら、楓は思いがけない自分がいることに気付いた。劣等感で潰れそうになった、ついさっきまでの自分が嘘みたいだった。
「そうだよ…桜ちゃんや若葉ちゃんみたいに踊れなくても…いいんだ。 私は、私らしく踊れば…!」
桜や若葉のように踊れなくても、自分らしく踊ること。それが、楓の出した答えだった。
「私は体力がなくて…思うように踊ることができなかったけど…私に合った方法で二人と一緒に歩いていけばいいんだ…!!」
「そのとーり!」
「えっ!?」
ドアを開け、若葉が困った表情をして楓に歩み寄る。よく見ると、目には涙が溜まっている。
「わ、若葉ちゃんに桜ちゃん!? みっ、見てたの…!!?」
「あー、ごめんなさい…」
「楓、やっぱり自分に体力がないって気にしてたんだ」
気にしていることを指摘され、思わず楓は若葉から目を反らしてしまう。
「別に、それが楓にとってもマイナスポイントになるとは思ってないよ、アタシ」
「え? だって、体力があれば…そもそも、二人みたいに踊れるかもしれないじゃない…」
「だから、その考え方が間違ってるんだよ!!」
若葉は楓に軽くデコピンをかました。一瞬、動きが止まる楓に桜が思い切り抱きつく。
「私や若葉ちゃんと自分を比べちゃダメだよ楓ちゃん!! だって、楓ちゃんは楓ちゃんじゃん!!」
「桜ちゃん…」
「気付いてないと思うけどね、私は逆に楓ちゃんみたいに踊れるようになりたいって思ってるんだよ!?」
「えっ!?」
思いがけない桜の告白に、楓は驚く。
「体力がなくて上手く踊れないって言うけど…楓ちゃんの踊りはね、上品でキラキラって感じなの! 私じゃ絶対にそうやって踊れないよ」
「そうだね、楓の踊りを初めて見たときから思ってたんだけど…楓の踊りは丁寧でひとつひとつを一生懸命大切にしてるように見えるよ」
「そんな…こと、ないわよ…」
「あるって!! アタシや桜の踊りにはない、楓らしくて素敵な踊り!」
「うん!! 楓ちゃんの踊りの魅力に体力は関係ないの、楓ちゃんらしい踊りが大切なんだよ!!」
「…二人とも……!!」
泣き止んだばかりなのに、桜と若葉の言葉を聞いて思わずまた涙を流してしまう。そんな楓を見て二人が慌てる。
「ちょ、楓ちゃん!!? なんか、ヘンなこと言っちゃった!!?」
「ごごご、ごめん!!! 楓、お願いだから泣き止んで!!」
「うふふっ、これはうれし泣きだから大丈夫よ…」
「それならいいけど…」
「うふふ」

楓は「楓らしさ」を二人に認めてもらえて嬉しかった。そして、自分を他と比べる必要がないと、知ることができた。
幼い頃に見たアイドルもきっと、自分らしくあのステージで歌い、踊っていたのだろう。
(これからは、自分らしさを大切にしていこう…自分にできる精一杯を、見てもらおう)
桜、若葉と並んで歩きながら、楓はそう心に誓ったのであった。
またひとつ、トップアイドルへ近付くことができた気がした。この二人と一緒なら、いつか必ずトップアイドルになれると思った。

「とりあえず、数日は休みなさいね」
「はい…」
病室に戻った楓は、先生の息子の話を聞いて数日レッスンを休むことを約束した。
言い争ったときは、桜や若葉に置いてけぼりにされるのではと不安になり休むことを拒んだ。だけど、自分らしさを認めてくれた二人が置いてけぼりにするはずない。
正直、今思うと二人が自分を置いてけぼりにするだなんて考えていた自分が恥ずかしかった。
「ね、楓ちゃん。 私たちは絶対に楓ちゃんを置いてけぼりにして先に行ったりしないから! 進むなら、三人一緒だよ!」
「そうそう。 だからゆっくり休んで、元気になろう!!」
「ありがとう、二人とも」
だから、今はゆっくり休みをとって回復することにしよう。三人で今以上に素晴らしいステージを届けられるように。
あの日、憧れたアイドルのように、キラキラ輝けるように。トップアイドルになれるように。

「自分らしく…ね?」


スタッフ
  小説:花沢 里穂
イラスト:いおり里音


公開日
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