★挑戦!チェリッシュ姫 「せ、声優ですか!?」 「そう。 小学生に大人気の『たたかえ!まほうしょうじょリリス!!』の劇場版に登場するキャラクターなんだけど」 琴子はミニライブを終え事務所に戻ってきたTwinkle Sistersの3人を会議室へと呼び出した。 劇場版アニメのキャラクターの声優をぜひ、3人に頼みたいということだった。 桜は映画のキーキャラクターであるチェリッシュ姫を、楓と若葉はエキストラキャラクターをと指定されていた。 「えぇと、私…声優なんてやったことないしよくわからないんですけど…!」 「まぁ、アイドル一筋でやってきたんだから当たり前だよ。 こういうのって、有名な人を起用することよくあるし」 「つまり、アタシたちTwinkle Sistersも有名人になっちゃったってこと?!」 「いやいや、必ずしもそうとは限らないけどさ」 有名な人という言葉に喜びを示した若葉だったが、琴子の次の言葉を聞きがっくりと肩を落とす。 「私と若葉ちゃんはエキストラなので大丈夫だと思うのですが、桜ちゃんはキーキャラクターですよね?」 「キーキャラってことはさ、台詞もかなり多いんじゃないの?」 そう言われると琴子は持っていた書類を確認する。 「うん。 楓と若葉は台詞1つずつなんだけど桜はびっくりするくらい多いね」 「ひええぇ…」 今までずっとアイドル一筋でやってきた桜、まさか声優を任される日がくるとは思ってもいなかった。 更には今回、桜が担当するのはキーキャラクター。 かなり重要な役割だ。 「あ、あの~プロデューサーさん…私にそんな大切な役、任せちゃっても大丈夫なんですか?」 「大丈夫大丈夫。 相手だって桜たちがアイドルであって声優じゃないってこと、わかってるし」 「ですけど~…」 珍しく仕事に対して乗り気でない桜を見て、どうしたものかと琴子は頭をがしがしとかいた。 普段のアイドル活動は誰よりも積極的に行っている桜だが、声優という経験したことのない仕事には大きな不安を感じている様子だ。 幸いにも相手はこちらの返事を1週間待ってくれるそうなので、桜に考える時間を与えようと思ったその時。 「まぁまぁ桜。 そんな心配することないよ!」 「え?」 「だって、私も若葉ちゃんも一緒なのよ?」 「なにかあったらアタシたちがフォローするからさ。 物は試しでやってみない?」 仲間であり大の親友でもある楓と若葉が桜を励ます。 桜は2人を見ると口をとがらせ、うぅんと唸る。 「でもぉ~…もしも私がとんでもない失敗しちゃったらどうするの?」 「ん~。 アタシたちも一緒に責任とるかな?」 「桜ちゃんの失敗は私たちの失敗。 私たちの失敗は桜ちゃんの失敗…これならどうかしら?」 「あ…なら私も楓ちゃんと若葉ちゃんが失敗しちゃったりしたらフォローするってことでお互い様になるよね!」 「そう! 失敗はお互い様ってね」 「私たちの曲の『ONE FOR ALL, ALL FOR ONE!!』もね、1人は皆のために、皆は1人のためにって意味なのよ」 桜の顔にぱっと笑顔が戻る。 どうやら自分のミスで周りを困らせてしまうことに不安があったようだ。 楓と若葉に「失敗はお互い様」と言われ不安がなくなった桜はいつもの元気を取り戻す。 「よぉ~し、なら頑張っちゃおうかな! プロデューサーさん、チェリッシュ姫ぜひ私に任せてくださいっ!」 「うん、わかった。 じゃあ相手には引き受けるってことで連絡しておくね」 琴子は手帳にメモをとり、3人に「たたかえ!魔法少女リリス!!」の資料を渡す。 「あら、この子が魔法少女のリリスね」 「隣のお姫様がチェリッシュ姫だね、桜が演じることになった」 リリスはフリルの多い衣装を着たピンク髪の女の子で、魔法少女ということでステッキを持っている。 対してチェリッシュ姫は宝石が散りばめられたドレスを着た金髪の女の子だ。 小学生を主なターゲットとした女の子向けアニメで、登場するキャラクターは全員かわいらしい姿をしている。 「うわぁ~、リリスもチェリッシュ姫もかわいいね~!」 「いいなー桜。 こんなかわいい子を演じられるなんてさ」 「私も若葉ちゃんもエキストラだものね。 メインの分、私たちよりも大変だと思うけどお互い頑張りましょう」 「うん!」 桜は目をキラキラと輝かせながら資料を見ている。 そんな姿を見て楓も若葉もつい笑みがこぼれる。 (この調子なら大丈夫だと思うけど、しっかりサポートしてあげなくちゃね) (桜はドジっ子だし、ちゃんと見ててあげなくっちゃな!) 楓も若葉も、桜だけがメインキャラクターを演じるということにこれっぽっちも不満はなかった。 お互いに頑張ろうと、やる気に満ち溢れていた。 収録当日、Twinkle Sistersの3人は他の声優よりも早くスタジオに来ていた。 渡された台本を何度も何度も読み返し、より注意が必要な箇所には赤ペンで線を引いている。 いつもは楽しそうに話をする3人でも声優への初挑戦ということで、誰もが少なからず緊張していた。 そうしていると1人、また1人とスタジオに声優が入ってくる。 声優に詳しくない3人でも名前を聞いたことがあるような人物ばかりだった。 「おはようございますッ!!」 小柄ながらも大きく力強い挨拶をしながら入ってきたのは、アニメの主役であるリリスの声を担当する浅見 ひまわり(あさみ ひまわり)だ。 素であろう挨拶の声でさえ、どこかのアニメに出てくるキャラクターのようだった。 「君たち3人がゲストで出ることになったTwinkle Sistersの皆さん? 私、リリス役の浅見 ひまわりって言います宜しく!」 「初めまして! 私は姫宮 桜ですっ!」 「望月 楓といいます、今日は宜しくお願いします!」 「夢咲 若葉です! アタシはエキストラなんですけど魂込めて演じます!!」 3人がそれぞれ挨拶をすると、浅見は桜に声をかける。 「ねぇ、姫宮さん。 姫宮さんたちは今回が声優初挑戦なんだってね?」 「はい! だから凄く緊張しちゃってて…」 「あはは! 私も最初の頃はそうだったけど、まぁこういうのって慣れだからね~」 初対面にも関わらず浅見は、まるで昔からの友人のように桜たちに親しげに接してくる。 そんな彼女のおかげでその場の張り詰めた空気が少し緩んだ。 「おぉ~、かわいいお嬢ちゃんたちじゃないか。 華があっていいねぇ!」 浅見の後に入ってきたのは日立 健三郎(ひたち けんざぶろう)という人物だ。 かなりの高齢者だと窺えるが背筋もまっすぐ伸びており、声も大きく動きもきびきびしている。 とても高齢者とは思えない程に元気で桜たちは、なんだか元気を分けてもらった気分になった。 「日立さんもおはようございます! 今回の映画のラスボス、楽しみにしてますから♪」 「えぇ!? ということは…」 桜は手に持っていた台本を勢いよく開き、登場するキャラクターの説明が書かれているページを見る。 「大魔王アンタイオス役の日立さんがあなたなんですね! チェリッシュ姫をお城から攫う!」 「正解! ハッハッハ、チェリッシュ姫。 今宵、貴方をその鳥籠から救い出してみせましょうぞ!」 「うわわわわ!? すごっ、かっこいい!!」 「一瞬で役を演じることができるなんて、やっぱりプロって凄いわ…!」 「あぁ~~攫われたいよぉ!!」 日立が大魔王アンタイオスをその場で演じると3人は驚きの声を上げた。 大魔王を感じさせる低く恐ろしくもかっこいい声、そして素の声からの切り替えの早さ。 自分たちも演じる側としてこの場にいるはずだが、ファンのようにただ驚くことしかできずにいた。 「まぁ、君たちの本業はアイドルなんだ。 緊張せず思うままに演じてみなさい!」 「そうそう! それに収録は今日だけじゃないから、あまり緊張しすぎないように気を付けてね」 浅見と日立が優しく微笑みながらそう言うと、3人は元気よく「はい!」と答えた。 Twinkle SIstersの3人が日立や浅見と話した数十分後に声優全員が揃った。 浅見と日立の他にも有名な声優ばかりで、人が増えていくにつれ3人はどんどん緊張していった。 そして遂に、収録が始まる。 収録は何日かにわけて行うらしく、今日はテストが中心になるだろうと話された。 「う~…楓ちゃん、若葉ちゃん、私緊張してきたよぉ…」 「大丈夫?」 「ほら、深呼吸深呼吸」 別録りの声優もいるらしく、登場キャラクターの声優全員がこの場に居るというわけではなかった。 それでも周りを見れば有名な声優ばかりで、桜は緊張のあまり手を震わせている。 (こんなに有名な人たちがいる中、私はチェリッシュ姫って重要なキャラクターを演じるんだよね…それって本当に凄いことだし、やっぱり緊張しちゃうよぉ…!) そんな桜の様子を見て、楓と若葉は精一杯励ます。 「ほら、浅見さんが言ってたでしょ? 緊張しすぎないようにって」 「日立さんだって『思うままに演じてみなさい!』って言ってくれたんだから大丈夫だよ!」 「う、うん……!」 「私たち、練習だってしてきたでしょ? 桜ちゃん、上手かったわよ」 「いつものドジな桜と違ってお姫様っぽかったしね!」 「ほ、ホントに?」 3人は本業であるアイドル活動の休憩時間や自宅でそれぞれ練習をしていた。 休日に3人集まってお互いの演技にアドバイスし合うことだってあった。 そんな中でも特に頑張っていたのが桜だった。 何度も何度も演じてみてはどこがいけなかったのか、どうすればもっと良くなるのか考えながら練習を続けていた。 そのことを楓も若葉も知っていたから、桜にはこの場で緊張に負けず自分の全力を発揮してほしいと思っていた。 「大丈夫。 私たちがなにかあったらサポートするからね」 「桜は全力投球するだけでOK!」 「…ありがとう、2人とも! 私、頑張るよ!」 そう言う桜の手はまだ微かに震えていたが、笑顔が戻ってきた。 楓も若葉も微笑む。 「あぁっ、そんな! 大魔王アンタイオス、あなたは何故そのようなことをするのですか!?」 「ハッハッハ、これは姫。 まさか貴方からお越しくださるとは…光栄ですなぁ」 「…今ならまだ間に合うかもしれません。 お願いします、彼女たちへの攻撃を止めてください! 私ならなんでもしますから!!」 「ほ~う? 姫ともあろうお方が大魔王に頭を下げるとは。 愛する姫の頼みとはいえ、そう簡単に聞くわけにはいきませんなぁ…彼女たちがそんなに大切なのですかな?」 物語の終盤、チェリッシュ姫と大魔王アンタイオスの会話シーンだ。 薄暗い城の中で2人が言い争っている場面が画面に映し出されている。 収録は順調に進んでいった。 途中で噛んでしまうこともあったが練習のおかげでなかなか良い演技になっていた。 後ろで見守っていた楓も若葉も思わず聞き入ってしまっていた。 (桜ちゃん、大丈夫そうね) (ちゃんとお姫様っぽくできてるじゃん!) 完璧とまではいかないまでも、しっかりとチェリッシュ姫を演じることができている。 最初の緊張もいまはすっかり影を潜めているようだ。 「う~ん、姫宮さん。 今の台詞なんだけど、もうちょっと悲しそうにできる?」 「わかりました!」 監督からの指示にもしっかり応える桜を見て、浅見も日立も嬉しそうに微笑んでいる。 そんな様子を見て楓も若葉も自分のことのように嬉しくなった。 (もうすっかり緊張もほぐれたみたいね。 もう手も震えていないわ) (頑張れ桜~! アタシたち、ここで最後まで見守ってるからね~!) 楓と若葉が演じるエキストラは既に物語の序盤で登場しており、収録を終わらせていた。 時間にすればそれぞれ1分も喋っていなかっただろう。 たった1分しか喋らなかったのに想像以上に緊張したのだ。 桜は最初から最後まで出番があるため緊張も2人以上のものだったに違いないだろう。 それでも緊張に勝ち、自分の力をしっかりと発揮することができている桜を見て2人は誇らしく思った。 それと同時に、自分たちのサポートは必要なかったなと少し寂しくなる。 (桜ちゃんは私たちがいなくてもしっかりやっていけるんだろうなぁ…私と違って) (リーダーやってるだけあって、こういう場面に強いよなぁ。 アタシたちのサポートなんて必要ないカンジでさ…) そう思うとなんだか、桜の背中が遠く見えた。 そうして1日目の収録は終わった。 桜たち3人は帰り道、ファーストフード店に来ていた。 それぞれ食べたいものを注文すると2階の壁際にある席に座る。 ちょうど夕食の時間で客もそこそこ居るため、店内は人の話し声で溢れ返っていた。 「桜、ずっと喋りっぱなしだったね。 お疲れ!」 「喉は大丈夫?」 「うん! いつも歌ってるからこれでも喉は強い方だよ♪」 桜は注文したオレンジジュースを幸せそうな顔をして飲んでいる。 全く疲れを表に出さないので、まるでカラオケ帰りのような気分だった。 「あんなに喋ってたのにぜんっぜん疲れてなさそうなんだけど…桜の喉ってどういう作りしてるわけ?」 「ん~若葉ちゃんたちと同じなんじゃないかな?」 「私なんて少し喋っただけで痛むことがあるのよ、羨ましいわ」 「そうそう。 桜ってやっぱりリーダーなんだなぁって改めて実感したよ。 それに…」 そこまで言うと1本、また1本と口にポテトを運んでいた若葉の手がぴたっと止まる。 不思議に思った桜がそんな若葉の顔を見ると、どこか寂しそうに微笑んでいた。 「あ~、桜ってアタシたちのサポートがなくても大丈夫なんだなぁって思っちゃった」 「えぇ!?」 思いがけない若葉の言葉に桜は驚き、危うく持っていたオレンジジュースを落としそうになる。 そんな若葉の言葉を聞いて、思わず楓も口を開く。 「そうね…収録前に1番不安そうだった桜ちゃんがあんなにしっかりしていたから、なんだか寂しくなっちゃったわ」 「ええぇ!? ちょ、ちょっとちょっと2人ともどうしたのぉ!?」 若葉と楓の言葉を聞き桜は驚くことしかできないでいた。 自分なりに今日は良く演じることができたと喜んでいたのだが、それがいけなかったのだろうか。 それに桜はこれっぽっちも楓と若葉がいなくても大丈夫だなんてことは思ってもいなかった。 「私ね、2人も知ってるとおり最初は不安いっぱいで…お仕事できるかな?って思って引き受けるのためらってたでしょ?」 「そうね…プロデューサーさんから話を聞いてるときもずっと不安そうな顔をしていたわ」 「うん。 だけどね、楓ちゃんと若葉ちゃんが言ってくれたでしょ? 一緒に居てくれるよって、お互いに助け合おうねって」 楓と若葉の間に座っていた桜は2人の手をぎゅっと握り締める。 桜の突然な行動に楓も若葉も顔を赤くする。 「で、でもさ…ちゃんと演じられたのは桜が練習頑張ったからでしょ?」 「頑張ったのは私でも若葉ちゃんでもなく、桜ちゃん自身なのよ?」 「そばに2人が居てくれたから私は頑張れたんだよ! だから今日、ちゃんとチェリッシュ姫を演じられたのは私だけじゃなくて私たち3人のおかげ!」 曇りない心からの素直な笑顔を向けられ、楓も若葉も言葉を失う。 そして、自分はどうしてそんな風に考えてしまっていたんだろうと後悔した。 アイドルユニット「Twinkle Sisters」を結成してからずっと、3人で頑張ってきたのに。 3人だからこそ、ここまで頑張ってこれたのに。 自惚れかもしれないが、桜がチェリッシュ姫を演じると決意することができたのは楓と若葉がいたからこそだった。 2人がいなかったらきっと今でも悩んでいるか、最悪仕事を断っていただろう。 「桜に自分たちは必要ないんじゃないか」なんて、楓と若葉を誰よりも必要としている桜を傷付けるだけだった。 「~~~~ごめん、桜!! そうだよね、アタシったらなに言ってるんだろ…」 「3人だからここまで頑張ってこれた…そんな大切なことも忘れて、どうかしていたわ。 ごめんね?」 「ううん、平気平気!! 私こそ、2人の気持ちをちゃんと考えないで…ごめんね」 「桜は悪くないよ! …声優って初めての仕事だったから、ちょっと迷子になってたのかも」 若葉が苦笑しながらそう言うと机の上で手を組んだ。 楓は申し訳なさそうに下を向いている。 「不安を抱える桜ちゃんを元気付けられたらって思って私たちが言ったことだったのに、恥ずかしいわ」 「じゃあ、改めて今日! 3人で約束しない?!」 「約束?」 桜はずいっと両手を目の前に出す。 どちらの手も小指がぴんと伸ばされている。 「声優とか関係なく、私たち3人はこれからもお互いに助け合って支え合う! 3人一緒でずっとずっと! …って♪」 「なるほど、とっても素敵だわ!」 「いいねいいね!」 にっこり笑う桜の小指に楓と若葉は自分の小指を絡める。 こうして3人は「3人一緒でずっとずっと」と、改めて約束したのだった。 「あ、あの…」 「ん?」 それぞれ注文したものを食べ終え、楽しく会話をしている途中。 見知らぬ女子高生に声をかけられる。 「あなたたちって、もしかしなくてもTwinkle Sistersですよ…ね?」 「え? …あぁ~、えっと……あ”っ」 「た、大変……!」 自分たちの姿を確認すると、変装もせず知る人が見れば「あのTwinkle Sistersだ!」とわかるレベルだった。 目の前にいる少女は目をキラキラと輝かせている。 デビュー当時とは比べものにならないくらい、桜たち3人は有名になったのだ。 ファンだって数え切れないくらいたくさん増えた。 いまや変装せず街中を歩けば簡単にファンに見つかってしまうくらいだというのに、3人は変装もせずファーストフード店に居る。 「あ、あぁ…あのぉ私Twinkle Sistersの大ファンなんですッ!! サイン書いてもらえないですか!?」 「Twinkle Sistersだって!?」 感極まった少女が声を上げると、店内の人々の目線がいっきにこちらに向く。 中にはケータイを取り出し写真を撮っている人物までいる。 「ここここれはまずい!! 2人とも、逃げるよ!!」 「わわわわわ~~!!」 「ごっ、ごめんなさい!」 3人は急いで店の外へ出てタクシーを探す。 後ろからは3人の存在に気付いたファンたちが追いかけてきている。 「タクシー! タクシー見つかんない!?」 「駅に行かないと乗れないかもしれないわ!」 「わわわっ!? もう追いつかれちゃうよぉ~~!!」 必死に走る桜の肩にファンの手が触れそうになったそのとき、目の前に見慣れた軽自動車を見つける。 車の窓を開けこちらに叫びかけるのは、金髪の女性だった。 「3人とも、早く乗って!!」 「ぷっ、プロデューサーさん!?」 車に乗る金髪の女性は桜たち3人のプロデューサーである琴子だった。 3人が飛び乗ると琴子は急いで車を走らせた。 なんとか追ってくるファンから逃げることができた桜たちは、呼吸を整えながら琴子に礼を言う。 「ぷ、プロデューサーさんありがとうございます…」 「プロデューサーが来てくれなかったらアタシたち、今頃もみくちゃにされてたよ」 「助かりました~」 「3人から連絡なくて心配で来てみたら追われてるんだもん、驚いたよ」 桜たちは夕食を外で済ますと家族に電話したものの、肝心のプロデューサーである琴子に連絡するのを忘れてしまっていた。 それを心配して琴子はスタジオに向かっていたのだという。 その途中で運良く3人に遭遇し、桜たちもファンから逃げることができたということだ。 「あちゃ~、完璧忘れちゃってたよ。 ごめん、プロデューサー」 「3人揃って連絡を忘れるなんて珍しいよね、楓なんて私よりしっかりしてるのに。 …収録でなにかあった?」 「えぇと…ちょっと色々あって他に気が回らなくて……ごめんなさい。 連絡せずプロデューサーさんに心配かけてしまって」 「まぁ、こうやって会えたからいいんだけどさ。 なにかあったら遠慮しないで相談してよ」 そう言うと琴子は助手席に置いてあった缶ジュースを3人に手渡す。 買ったばかりなのか、ひんやりと冷たい。 「…それで、収録はどうだった?」 「桜がすっごく頑張ってたよ! ちゃんとお姫様できてた!」 「途中で転んだりしなかった?」 「ちょ!? プロデューサーさん!? なんで収録でコケるんですかぁ!」 琴子の言葉に桜は顔を真っ赤にして反論した。 横では楓と若葉が笑っている。 「桜ってなんでもない場所で転んだりするからさー、スタジオで転んで他の人に迷惑かけてないかなって心配だったんだよ」 「そ、そんなことより普通は収録上手くできたかな?とか心配しません!?」 「あはははは! 桜の場合は収録よりもコケないかの方が心配かも!」 「でも今日は1度も転ばなかったじゃない? ラッキーだったわね」 「むむむ~…!」 不満そうに頬を膨らませる桜の頭を若葉が撫でる。 まるで姉妹のような光景だ。 琴子は赤信号で車を止め、桜たちに渡したものと同じ缶ジュースを口にする。 それを元の場所に戻すと、ハンドルから手を離さないまま後ろの3人を見た。 「その様子だと収録、上手くいったみたいだね。 どうだった? 初めての声優は」 「ん~…緊張でヘンな汗が出ました」 「私、汗はあまりかかない方なのだけど…気付いたら手汗が酷かったわ」 「あはは、お疲れお疲れ」 台詞は少ないものの、エキストラも立派な仕事。 楓と若葉も桜のように緊張は少なからずしていた。 「それでも、今日は大切なことを再確認できたので元気いっぱいです!」 「ふ~ん? 大切なことってなに、3人の秘密?」 「えへへ、そうで~す!」 桜はファーストフード店で楓と若葉に見せたような素直な笑顔を琴子に向ける。 それを見て琴子は再び前を向いた。 「あ~、なんか桜のその顔見たらなんとなくどんなことかわかったかも」 「えぇ!? プロデューサーさんってまさか…エスパー!?」 「違うよ~」 車の中に3人の笑い声が溢れる。 琴子はそんな3人をバックミラーで見ながら、同じように笑った。 (今までより深いところで信頼し合うことができたみたいで良かった良かった) 車を走らせてから数十分後、琴子の鞄から桜たちTwinkle Sistersの代表曲である「ONE FOR ALL, ALL FOR ONE!!」の着メロが流れた。 「ごめん、今運転中だから誰か出てくれないかな?」 「あ、それなら私が出ますね!」 桜が琴子の鞄からケータイを取り出し、画面に表示された応答ボタンをタップする。 「もしもしプロデューサーさん!? 霧雨です、今どこに居るんですか!?」 「きゃあ!?」 相手はマネージャーの春子からだった。 いつも穏やかな彼女が珍しく声を荒げている。 「あら、その声は桜ちゃん?! 驚かせちゃってごめんなさい…!」 「い、いえいえ大丈夫です…! えっと、プロデューサーさんになにかご用ですか?」 驚きのあまり動機が激しくなった桜の背中を楓が優しくさする。 ケータイから聞こえた春子の大声を聞いて、琴子が首を傾げる。 「なんで春子が私に連絡してきたんだろう? うぅ~ん………あ」 琴子は思い当たることがあるようで「しまった」と呟いている。 「あのですね、この後とても大切な人との面会が入っているんです。 あと10分で事務所に戻ってきてくださいとプロデューサーさんにお伝えいただけますか?」 「わかりました!」 桜が通話を終わらせると琴子は肩を竦めた。 「この後に大切な人と面会があるって話だったでしょ?」 「そうですそうです!」 「…あっちゃ~、春子に事務所出るって連絡するの忘れてた。 だからあんなに怒ってたんだよ」 「ちょ!?」 「ぷ、プロデューサーさん!?」 皆はしっかり連絡を入れようね! ★スタッフ 小説:花沢 里穂 イラスト:佐藤 はるか ★公開日 --- ★登場キャラクター ・浅見 ひまわり(あさみ ひまわり) ・日立 健三郎(ひたち けんざぶろう) |