★桜&翼&豊恵 暗闇の中、女の子の歌声がどこかから聞こえてくる。 笑うように軽やかに、踊るように弾む……。 歌うことが楽しくてたまらない声。 私の脳内に甘く馴染んでいく、その声の主を私は知っている気がした。 ずっと憧れていた気がした。 何度も何度も、夢の中で。 (誰だっけ……) 声の主を確かめるように、ゆっくりと目を開ける。 すると、少女の声がふと止んだ。 「あ、起きた?」 代わりに優しく尋ねる彼女の声と、目の前で揺れるピンク色の髪。 「私、寝てた……?」 頭の中で聞こえていた声は、どうやら現実だったようだ。 「そうだよ~! もう起きないんじゃないかってすっごくヒヤヒヤしたよ!」 私と目が合うと少女はにっこりと笑い、それを合図にしたように人が集まってくる。 「本当に。まさか、本番前に寝ちゃうなんて思わなかったから」 「きっと今日のライブが楽しみで眠れなかったんだね。ふふっ、可愛い人だ」 「ど、どういうこと……?」 代わる代わるに話しかけられ驚いていると、今度は彼女たちが目を白黒とさせて先ほどのピンク色の髪の少女がポンと手を叩いた。 「あ、そっか~。自己紹介がまだだったね! 私は姫宮桜。今日は楽しもうねっ、ちゃん!」 「よ、よろしくお願いします」 「で、こっちの子は早乙女翼ちゃんっ!すっごくかっこいい女の子だよ」 「ちょっ、翼ちゃんはやめて! ……あ、えーと。コホン、改めてよろしく。さんのような可憐な女の子と一緒にステージに立てるなんて、ボクは幸せだ」 桜に紹介された翼という少女の王子様のようなキラキラとした笑顔に圧倒されていると、 「はいはい翼はそこまで。私は大友豊恵。よろしくね、」 今度は、背の高い大人びた少女が私に笑いかけた。 この3人に、共通するのはアイドルっぽい服を着ていること。 それと、この見慣れない場所はアイドルの裏側などで見かける舞台袖に近い。 下を見ると、自分も彼女たちと似た衣装に身を包んでいる。 「ライブ、本番……まさか」 「そのまさかだよ~。今日は私たちで限定ユニットを組む日だからね」 桜は私の独り言に反応した後、再び歌い始める。 それは夢の中で聴いた歌と同じだった。 「桜は元気だね。そんなに本気で歌ったら、バテちゃわないの?」 「全然っ。むしろ、わくわくが止まらないよ~!」 「ふふっ、姫宮さんはアイドルの鏡だね」 「それを言うなら、翼ちゃんも豊恵ちゃんもちゃんもでしょ?みんなキラキラしてるよ~」 「あ、アイドル……!? 私が?」 「そうだよ。4人でのライブわくわくするねっ!」 私に笑いかける桜を見ているとこっちも嬉しくなってくる。 そっか……私、アイドルになれたんだ! ずっと、憧れていたアイドルに。 それも、この3人と……。 「絶対、楽しいライブになるね」 「だよね、だよねっ!」 「2人とも、そろそろライブが始まるよ」 「あっ、行こっちゃん!」 桜と手を繋いで、ステージに立つ。 「緊張しているね、でもさんなら大丈夫さ」 「うんうん、大丈夫大丈夫」 後ろを見ると。翼と豊恵が私を見て微笑んでいた。 その声に、背中を押されて私は一歩一歩ステージに登っていく。 音が聞こえてくる。 それは、夢じゃなく私たちのライブの始まりを告げる音だ。 × × × × × 「みんなー、最後の曲が始まるよっ!」 ライブも終盤となり、桜が観客に呼びかける。 「ほら、翼ちゃんも豊恵ちゃんもちゃんも早く早く~~!」 「姫宮さんは相変わらず元気だね、さん」 笑いながら、翼が私の名前を呼ぶ。 「桜に負けてられないね。だって、私たちもアイドルだから」 その声に顔を上げると、今度は豊恵が微笑んだ。 「ほら、行こう?」 二人が手を伸ばしてくる。 後ろでは、飛び跳ねるようにして私に手を振る桜の姿が見えた。 最初とは違い、今度は翼と豊恵が私をステージの真ん中に引っ張って行く。 けれど、ライブの前のような緊張はなかった。 三人に手を引かれ、眩しい光の中に私は飛び込んでいく。 ここから、始まる。 私のアイドル生活が。 ★スタッフ 小説:なつみ イラスト:鹿衣 ★公開日 2019年7月26日 |